個人的神殿

プログラミング

岩波書店 プラトン全集 1巻 ソクラテスの弁明

,相手は嘘ばかりついている。私はこれから事実しか話さない。喋り方は下手かもしれないが、正しいか否かということにのみ注意を向けて欲しい。
真実を語るというのが、弁論するものの良さを決めることだから。

,告訴人には2通りあって、つい最近になって訴えた人たちと、ずっと以前からの告訴人たちがいる。
後者は長年にわたって大勢に私の悪い噂をまきちらしてきた厄介な人たちだ。まずはこの人たちに対する弁明をする。

,まずはアリストパネスの喜劇に書いてあることを真実であるかのように言われているがそれは事実ではない。

,誰かを教育してお金をもらえるならそれは結構なことだが、私はそういう知識を持っていないので不可能だ。

,カイレポンという友人が、デルポイの信託を受けに行った。すると巫女は、ソクラテスより知恵のある者は誰もいないと言った。

,自分が知恵のある者などではないということは自覚していた。しかし神が嘘を付くはずもない。だから知恵があると思われている人のもとへ行って、その人(とある政治家)と問答してみることにした。そうすれば神に対し、自分よりも知恵のある人の存在を提示することができるから。

しかし、その人は自分自身のことを知恵のある人だと思いこんではいるが、実はそうではないんじゃないかと思い始めた。
それを相手に分からせてやろうとしたら、その人やその取り巻きたちに憎まれることになった。

その人も私も、善美のことがらについて何も知らないが、その人は知っていると思いこんでおり、私は知らないからその通り知らないと思っている。
そのちょっとしたことで、私の方が知恵があるということになるのだと思った。

,この政治家の次はある作家のところに行って同じく問答してみたが結果は同じだった。

,次は手に技能を持つ者のところに行ったがやはり結果は同じだった。

,私が他の人をこのようにやりこめると、その場の人達は、ソクラテスが知恵をもっていると考えてしまう。
しかし、神だけが本当の知者なのかもしれない。一番知恵のある者というのは、自分の知恵なんて何の価値も無いということを知っている者なのかもしれない。

10,それで金を持っている暇な若者は、私の真似をし始める。するとやり込められた人たちは、元凶である私に対して腹を立ててしまう。
そして彼らは組織的に私を中傷する。

11,次はメレトス(原告)への弁明をしたい。君はふざけながらまじめなふりをしている。

12,さぁメレトス君、君が大切に思っているのは若い人々が善くなることかね?
そうだ
じゃあ何が善い方へ導くのだ?
法律だ
法律を作る人は誰だ?
裁判委員だ
彼らが善い方へ導くのか?
そうだ
つまりアテナイ人のすべてが善い方へ導き、悪くしてるのは僕だけということか?
そうとも
はぁ、ただ一人だけが害を与えて、他は全て利益を与えるのだとしたら大変幸福だ。お前は青年のことなど一度も心配したことはなく、無関心だということが分かった。

 

13,善人は近くの者に対して何か善いことをして、邪悪な人は害悪なことをするのだね
そうだ
故意にそうしてると?
そうだ
若い君がそれを知ってるのに、私が知らないわけがないではないか。君は嘘をついている。

14,訴状を見ると、国家の認める神々を認めず鬼神の類を信じていると?
その通り
私は神々を認めていないし、他の人にもそう教えていると?
そうだ
その考え方は自家撞着であり、ふざけている。

15,鬼神に関係のあることがらは認めるが、鬼神は認めないなんてことがあろうか?
ない
つまり私は鬼神の存在は認めている。ところで、鬼神というものを我々は神、もしくは神の子と考えているのではないか?
そうだ
それだと、僕が神を信じない一方鬼神は信じていて、また鬼神が神の子孫であるなら神の子は信じるが神は信じないという主張になり、矛盾している。
(メレトスへの弁明終わり)

16,そんな日々を送ったせいで、今死の危険にさらされて恥ずかしくないのか、と言う人が出てくると思う。
だが何かことを行うにあたって考えるべきは、正しい行いか、不正な行いか、善き人のなすことか、悪しき人のなすことかであって、死はどうでもいい。まずは恥ずべきことをわきまえるべきだ。

17,死を恐れるというのは知恵が無いのにあると思っていることだ。なぜなら死を知っている者は誰もいない。それは最高に善いものかもしれない。
もし無罪になって、これからはもうそんなことは辞めるようにと言われても知を探し求めることを辞めるつもりはない。いつもの言葉と変わりはしないのだ。

金や評判、地位のことは気にしても、思慮と真実には気を使わず、魂そのものをできるだけ優れた良いものにすることをしないというのは愚かだ。
金銭その他のものは、魂が良くなければ何の価値も無い。

18,私が死刑になるというのは、むしろあなた方自身の損害だ。この弁明は諸君のためにしているのだ。
私は神によってこのポリスに付着させられている。諸君を目覚めさせるために今やっていることを辞めるつもりはない。
そして、知を探し求め続けるというのは、ただの人間的な行為ではない。

19,でも、私が個人的にそういうことをしておきながら、公の場での審議に参加せず国家社会(ポリス)に提議勧告することをしないのは奇妙だと思われるかもしれない。
実は何か神や鬼神からの合図が起こり、それに反対している。
少しでも長く生きようとするならば、私人としてあるのが大事で、公人として行動すべきではないのだ。(これは自身が殺されかけた経験による)

20,昔、政務審議会の議員になったことがある。ある違法な裁判で、私一人だけが死刑に反対した。どんな状況でも法律と正義に与してあらゆる危険を冒さなければならないと思っていた。

21,もし私が公の仕事に従事して、善き人として仕事をしていたら、この歳まで生き延びることはできなかっただろう。
そして私は、誰の師にもなったことはないし、金銭の授受も無い。

22,もし私が本当に青年を腐敗させているなら、彼らはここに仕返しに来るだろう。しかしここには多くの仲間が来ている。(プラトンやクリトンなど)
メレトスやアニュトスの主張では、彼らを腐敗させているはずだが、なぜ彼らは私を助けようとしているのか。
それはただ、メレトスの言うことが虚偽で、私の言うことは真実だと知っているからだ。

23,裁判で、同情を得るために自分の子供を連れてきたりするのは、外聞の点から良いものではない。
傑出していると思われている人物がそんな体たらくだったら、それは国家に恥辱を塗りつけるようなものだ。

24,まぁ外聞のことは置いておいて、裁判する者に頼み込んで無罪にしてもらうというのは正しくなく、真実を伝えて説得すべきだ。
なぜなら裁判官は正邪を判別するためにいるからだ。そして私は彼らの誰よりも神を信じている。

(ここで有罪か無罪かの投票が行われ、有罪になる。)

25,有罪になったが、むしろその差の小ささに驚いている。

(死刑を求刑される。)

26,自分は今まで善いことをやってきたのだから、自分に対する措置は当然善いものでなければならないだろう。私は貧乏だから、国立迎賓館での食事をさせてほしい。
(普通は死刑よりも少し軽い刑、例えば国外追放や罰金などを希望するのだが、ソクラテスは逆に食事というもはや刑ではないことを希望する。)

27,私は何も不正なことはしていないのだから、自分自身に不正を加えようとする必要はない。
禁固?罰金?国外追放?私はまた同じことをするし、また同じ目にあうだろう。

28,しかし、退去したらもうおとなしく生きていってくれと言う人がいるかもしれないが、それは神に対する不服従であり、吟味の無い生活は人間の生活ではない。
そして、私は大金は持ってないが、銀1ムナぐらいなら出せる。またプラトンやクリトンなどが30ムナを申し出ている。
だからその支払いを、私は希望する。

(裁判の結果、死刑が決定)

29,諸君は知者のソクラテスを殺したということで非難されるだろう。私は諸君が望むことをやらなかったし言わなかったが、後悔はしていない。

30,予言しよう。有罪を下した諸君には、まもなく懲罰がくだされるだろう。死刑よりももっと辛い刑罰になる。
諸君は、吟味を受けることから解放されたいと思ったのだろうが、むしろその時間はもっと多くなるだろう。

31,無罪の投票をしてくれた君たちとはもうしばらく話したい。
実は今日、家を出るときも、法定に入るときも、何かを言おうとするときも、例の神は反対しなかった。
どうやら今日の出来事は善いことだったらしい。

32,死ぬというのは次の2つのどちらか。1つは全く何もない「無」か、もう1つは魂が次の場所へ移動するか。

もしそれが眠りのようなものだとしたら、死はびっくりするほどの儲けものだ。
そして旅に出るようなものであれば、ハデスに行ってミノスなどの本物の裁判官が見られるかもしれない。
彼らと問答し、吟味することは計り知れない幸福となろう。

33,諸君には死というものに対して、よい希望を持ってもらわねばならない。
今となっては、もう面倒から解放されたほうがむしろ良かったと思う。
そうだ、もし息子たちが成人したら、私がやったのと同じことをしてくれ。

しかしもう終わりにしよう。時間だからね。もう行かなければならない。
私はこれから死ぬために、諸君はこれから生きるために。
しかし我々の行く手に待っているものはどちらがよいのか、誰にもはっきりは分からないのです。
神でなければ。